永田潤子のウェブサイト、大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授
永田潤子のメッセージ 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授 永田潤子の講演・研修テーマ 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授 永田潤子の対外活動 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授 永田潤子の教育・研究活動 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授 永田潤子の著書・教育 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授 永田潤子のプロフィール 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授
   Home

永田潤子のプロフィール写真 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授



永田潤子の公式ブログ 暮らしと社会の交差点〜日々の暮らし、ちょっと変えると社会が変わる〜 
永田潤子の一般の方向け講演・研修 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授
永田潤子のよくある質問 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授
永田潤子の問い合わせ 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授 
 
永田潤子のプロフィール 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授
 
   永田潤子 ながたじゅんこ
     大阪市立大学大学院
     創造都市研究科准教授
 
1961年 福岡県生まれ
1978年 女性に門戸を開放した海上保安大学校(広島県呉市)に、初のただ一人の女子学生として入学 (海上保安大学校本科30期)
1982年 同大学校専攻科を修了後、巡視船勤務や霞ヶ関勤務
1987年 26歳で女性初・最年少で巡視艇「まつなみ」船長となる
(巡視艇「まつなみ」は昭和天皇のお召し船でもありました)
1990年 現場で感じた問題意識を解決したいと思い、埼玉大学大学院政策科学研究科(現:政策研究大学院大学)にて、政策の分析や意思決定を研究(政策分析修士)
1995年 その後も、行政官や巡視船幹部としてのキャリアを積むも、自身を組織にとって有効に活かすためには、大学校での後輩の教育に当たることと感じ、大学校の要請に応じ教育研究の道へ。大阪大学経済学研究科へ入学
経営学一般、行政の意思決定について研鑚(1999年大阪大学経済学研究科後期博士課程単位取得満期退学)
1997年 海上保安大学校行政管理学講座助教授
2003年 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授
2008年9月から大阪府橋下知事のブレイン(特別顧問)として改革に携わっている。また、企業のCSRにアドバイザーとしても企業の社会変革に関わる。
 
現在
専門は、公共の経営・意思決定だが、企業の社会的責任(CSR)についても公共的な視点から研究を行っている。
また、個人・組織の関係やリーダーシップについても、幹部職員として組織を指揮・運営した経験を活かした知見を提供している。
国や地方自治体の審議会・研究会の委員を務める他、地域の活性化や社会変革のための実践活動も実施している。
 
著書
『日本型N P M』  共著、ぎょうせい、2003年
『パブリックセクターの経済学・経営学』 共著、NTT出版、2003年
 
好きなこと・特技
何かを深く考えることも好きだが、ボーっとするのも好きで、“パジャマ・デー”と称し、家から一歩も出ずに過ごすことも楽しんでいる。コロッケが大好きで毎日でも食べられる。立ち泳ぎが1時間できる。
 
その他
夫一人。山あいの温泉に出かけるのが共通の楽しみ
 
 
 

 
永田潤子 「初の女性船長誕生」の記事  社会ニュースに初の女性船長誕生の記事が掲載されました。 
高校や中学の卒業アルバムの最後にある「在学中の社会ニュースのページ」に、「初の女性船長誕生」の記事が掲載されました。制服で敬礼をしています。数年前に、年下のお友達から「自分の高校の卒業アルバムに潤子さんが載っていた」と連絡があり、びっくりしました。社会ニュースに取り上げられるとは光栄です。
永田潤子 海上保安大学3年の時の写真 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授  海上保安大学校3年生航海科の同期生
海上保安大学校に入学してからまつなみ船長になるまでの軌跡は、『海を駆ける風』に書きましたが、写真は3年生の4月の航海科同期生との1枚です。
「女性が船に乗ると海が時化(しけ)る。ましてや船長?」という時代。「考えても仕方ないのでとにかくやるだけ」と当時は思っていました。「ハッタリの航海科」という言葉(場を読む力、ものごとへの反射神経が船長には必要)も先輩から教えてもらいました。
永田潤子 船長をしていた巡視船「まつなみ」の写真 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授  巡視艇「まつなみ」
26歳から3年間、船長をしていた船です。東京湾を走っていました。
後ろがタンカーなので余計に小さく見えますが、全長25メートル。
10人乗船で、私以外は全て男性でした。「女性船長誕生」と華々しく登場しましたが、年上の男性部下、経験が浅い中での決断など、実はかなりしんどかったのです。でも、このまつなみ船長時代の苦労や問題意識が、後の大学院での経営学やリーダーシップ、組織マネジメントの勉強に繋がっていきます。
永田潤子 昭和天皇のお召船でもありました 巡視船「まつなみ」の写真 大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授  便宜供与業務(さまざまな方を乗せて)
海難救助や警備業務等に加え、海外からのお客様、国会議員の方などが東京湾視察の際、まつなみに乗船なさることが多々ありました。
また、まつなみが昭和天皇のお召船でしたので、皇族の方が乗船なさることもありました。写真は、常陸宮殿下・華子妃殿下の乗船です。華子妃殿下は品格のある美しさでした。高円宮殿下・妃殿下も乗船なさいましたが、大変仲がよろしかったのが印象的でした。
 
永田潤子 海上保安大学校での生活や女性船長としての経験を講演  講演
海上保安大学校での生活や女性船長としての経験をベースに、男性と女性の違いや女性の活用について企業でお話したり、夢のかなえ方を中学校や成人式などでお話する機会もよくありました。
「講演は制服でお願いします」とのリクエストと共に。当時は聞いてくださる方が海上自衛隊と間違えていることも多かったのですが、最近は「海猿」のヒットで、随分、自己紹介が楽になりました。
永田潤子 海上保安大学校での国際交流   国際交流
海上保安大学校に、海上保安教育の視察に海外からお客様が来られることも多く、写真はロシアからの視察団のレセプションです。中央のオレンジ色の服を着ているのが私です。
母校の海上保安大学校に戻っての7年間は、現場を離れ、さまざまな視点から組織をみる目を養ったような気がします。呉は第二の故郷です。
2007-2008 Junko-Nagata  copyrihts allrights reserved